母が病弱だったため、川嶋あいは生後まもなく乳児所に預けられる。
2歳で児童養護施設に移され、翌年、母と死別。その後養父母のもとへ。
人見知りだった彼女を養母が近くの音楽教室に連れて行ったのは、彼女が3歳のとき。
最初は泣いてばかりだったのがやがて音楽の楽しさに目覚め、歌手になりたいという漠然とした夢が心のどこかに芽生える。
そして15歳の春、歌手をめざして単身東京へ。
最初の事務所は1年も経たないうちに解雇。来る日も来る日も、泣き続ける。
途方にくれ、行く当てもなく一人ぼっちで東京の街を歩いていると路上で歌っている人の姿が目にとまる。
こんな方法で気持ちを伝えることができる! 私には大好きな歌がある! 絶望のふちで川嶋あいが光を見つけた瞬間だった。
ところが、いざ自分が路上に立つと上手くいかない。四ッ谷駅の橋の上。
怖くてたまらない。勇気をふりしぼって歌った「オリビアを聴きながら」。誰も聴いてくれない。故郷に帰りたい。
でも、福岡で応援してくれている母親を思うと帰れない。絶対に帰れない!
そこで自分を奮い立たせるのに思いついたのが「1000回の路上ライブ」。1000回やってダメならあきらめよう。
場所を渋谷のNHK前に移す。そこには多くの人たちを飲み込んでいる渋谷公会堂があった。
「いつかあそこで歌いたい!」
そんなある日、渋谷の地下でラジカセとマイクを持って歌っているときに、とある大学のビジネスサークルの人に声をかけられる。
「なにしてるの?」このひと言が、今の川嶋あいにつながるとはこのとき誰も思わなかった。
音楽とは無関係のビジネスサークルの人たちの熱意に感動し、
素人集団のプロモーション活動が始まる。みんな初めてのことなので失敗の連続。
オリジナルCDを作り、手売りの日々。
警察に叱られ、酔っ払いにからまれ…。
でも「5000枚売る」という新たな目標に向けた手探りの毎日は、夢に向かう充実した楽しい日々でもあった。
3つ目の目標は「渋谷公会堂」での単独ライブ。養母に立派になった自分の姿を見せる場でもあった。
CD5000枚達成! 「16歳の白い地図」出版。
「天使たちのメロディー/旅立ちの朝」がオリコン最高21位。着メロランキング7位。
47都道府県ライブに向けて全ては順調だった。
ところが、故郷に残っていた最愛の養母の突然の死。川嶋あい16歳。
10歳のときに養父もなくしていた彼女は、とうとう天涯孤独に。
失意に暮れる中、実現した「渋公ライブ」
ステージから亡き母に捧げた「…ありがとう…」
…疲労・脱力…そして入院。
2005年.3月。川嶋あい18歳春。渋谷ハチ公前で目標の1000回ライブ達成。
挫折と絶望が自分を強くしてくれた。
一つの目標の達成が次の目標を生んでくれた。
そこには多くの仲間の応援ともっと多くのファンの支えがあった。
一歩を踏み出す勇気。夢をあきらめない想い。
自分に負けない自分。強くなれた自分。
阪神大震災で親をなくした子どもたち、お店をなくした神戸長田の大正筋商店街の人々。
彼女は毎年、養護施設の慰問と、1月17日(震災の日)、 長田町での街頭ライブを続けている。
悲しみは人を優しくする。挫折は人を強くする。
そして、目標は人を夢へ導く。