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1997年(平成9年)5月

<この人に聞く>
未来への仮説と変革志向が時代を乗り切る第一条件

 様々な角度から教育の根源に取り組んできた㈱教育総研が、昨年20周年を迎え、新時代の教育創造へ向けて他機関との共同研究、共同事業を含む、『教育総研プロジェクト』をスタートした。今春開校した山村留学『能登の学校』もその一環で、教育関係者から注目を集めている。
 「複合資本思考が企業社会の変革に寄与する」と企業哲学を持つ西澤昭男代表に、新分野への果敢なチャレンジも含めて話を聞いた。

―― 毎年新しい事業に取り組まれているが、その背景は。

西澤代表(以下敬称略)
“新しい21世紀を創造するために日本の教育を変える”と一貫した思いがある。
 戦後50年、経済的には世界のトップに成長してきた日本だが、今、日本人の在り方が厳しく問われている。心の豊かさの欠如、資源問題や環境問題においては非難さえもある。
 その根底に教育問題があると感じる。日本の教育の根幹をなしている過度の競争原理と問題解決型の思想が原因の一端ではないかと。
 私は教育を変えることで、単に日本を良くするだけではなく、世界の人々に良い影響を与えるようになればと思っている。
 そう考え毎年事業展開しているが、やりたいことの実現にはほど遠く、これまでの事業は微々たる歩みにすぎない。

■『山村留学』に教育の原点をみる

―― 山村留学も当初の目標につながるようだが。

西澤:
教室での勉強と同時に、教育の原点でもある合宿(ワークキャンプ)を始めた。全国に展開する能開センターでは約4万人の会員のこどもたちを有しているので、そこからの参加率をもっと高めて、1万人規模の合宿にしたいと思っている。
 このワークキャンプでは、我々大人も学ぶことが多い。例えば、こどもたちを預かり、生活をともにすることによって、こどもの心の問題が見えたり、何を重点的に指導すれば良いかが分かってきたりする。

―― 石川県門前町という場所の設定は。

西澤:
もともと能登の門前町には当社の研修施設があり、幹部研修をはじめ、さまざまに利用してきた。自然環境に恵まれた土地で、人々は素朴かつ人情味も厚い。それこそ日本人が失ってきた「心」を持っている。それに、あんなにきれいな星が見えるところは他にはない。本当に天の川が輝いて見えるのだ。
 門前町は過疎で悩んでいるため、今回の計画は町の活性化になると賛同していただいた。
 ただ、対象が小学生のみということで、やはり小さなこどもを自分の許から離すことにためらいを感じられる親御さんが多く、残念ながら最終的に参加していただけたのは8名であった。来年度からは実績もできるので、もう少し増やすことができると思っている。

―― 学習塾の企画ということで批判が出ているが

西澤:
人間教育をうたってきたことに関しても、「学習塾は受験の技術だけを教えていればいい」と批判をお持ちの方もいるはず。それはそれで仕方がない。
 しかし、少なくとも週何回か勉強することや、そして受験に挑戦すること自体、単なる技術の問題ではなく、極めて人間的なチャレンジだと思う。そういう意味では、受験は人間教育の側面があると考えている。
 ワークキャンプなども人間教育の一環で、その延長線上にあるのが今回の「能登の学校」。独自の施設を建て、将来リーダーシップをとれるような人物を育てるという趣旨を全面に打ち出した。そのため、価格設定も迷った末に比較的高めに設定させていただいた。このような点について、あるいは批判的にご覧になる方もおられるのかもしれない。
 しかし、「今の日本の教育、このままでいいのか?」と、私は逆に問いたい。「それでいい」のであれば言うことはないが、そうでなければ、やはり様々な試みをすべきで、一部分だけ見て批判するのではなく、全体や結果を見て言っていただきたい。
 そういう意味では、万全の体制で取り組む所存である。「能登の学校」の成功こそが批判に対する最も効果的な反証であるし、教育総研という組織全体の活性化にもつながると信じている。

■シナリオのある映像教育の実現へ

―― 今年からスタートする衛星ゼミについてお聞きしたい。

西澤:
映画に興味があるので、映像を使った教育を以前から考えていた。
 そこで当初、教室でビデオを使った大人向けの教育、資格関係のものを準備してきた。しかし、昨年の半ばぐらいから、急激に衛星デジタル放送の実現化ということになり、教室での映像教育でなく、一気に在宅向けとなった。
 衛星デジタル放送では、資格も含めて、何を放映するかという段階に来ている。

―― 何故変更に。

西澤:
きっかけは、去年あたりから多チャンネルの衛星デジタル放送が始まり、我々でも放送事業に参入しやすくなったことだ。「パーフェクTV」に続いて「ディレクTV」が今秋に放送を開始する。それに来春、もう一つスタートする。
 ただ、教育の原点はあくまで先生と生徒のフェース・トゥ・フェース。だから、これはこれで堅持しなければいけないが、では、“先生がいて教室があって”という形でしか教育は成り立たないのか…。
 今の教育を変えるには、もっと面白く、世の中の実際的な力になる教育を考えなければいけない。
 そういう観点からすれば、まさに映像やコンピューターを使うことで、教育内容そのものを変えられるのではと考えている。

―― どのような衛星ゼミになるのか。

西澤:
今の予備校のように、黒板を使って行っている授業をそのまま映像化するのではなく、映像自体の特色を生かしていきたい。
 授業をそのまま映すなら、本来は実際に授業を行う方がいいはず。もちろん、先生が移動できないから映像化するのだろうし、遠隔の生徒に提供できるというメリットもあるので、全く価値がないとは思わないが…。
 私が考えている映像教育は、シナリオと編集によるものだ。また、ある段階ではコンピューター・グラフィックやアニメ、実写を使い分ける。
 要するに、映画づくりのような形で教育プログラムの作成を考えている。しかし、これにはシナリオを書く力がいるし、お金も掛かる。いかに安くていいものを作るかということが、何よりも大切だ。コンセプトはこれしかない。「安くていいもの」(笑)。

■経済的価値判断だけで企業の評価が決まる時代は過ぎ去った

―― 「複合資本思考」という新しい企業の在り方をお聞かせ下さい。

西澤:
「複合資本思考」という呼び方は、ある本からヒントを得て考えた。どういう思考かというと、経営資本に加え、人財(人的価値)、情報発信度、歴史・伝統、社会貢献、社徳を重要な資本とする。
 経営資本は当たり前だが、しかし、それだけではないと思う。何よりも企業は従業員のもので、当社の理念に賛同して仕事をしている全従業員は、まぎれもなく人財(人的価値)だと。
 あとは、情報発信が大事。絶えず新しい情報を内外に発信し、それによって情報も集まる。
 今回、能登の学校がスタートするが、ホームページを見られた別の自治体からも「開校してほしい」とお尋ねいただいている。
 また、企業の歩みや歴史は一つの資産であると考えている。あとは総体的にとらえる社徳。つまり、会社を作って利益を追求するだけでなく、社会の役に立てるかどうか。特に、教育を扱っているのだから重要だと思う。
 正直言って、ワークキャンプも事業として考えれば、収支が合わない。何千人単位で開催して初めて事業化できる部分はあるが…。でも、我々の理念を体現する場であるから、20年やり続けてきた。ようやく芽が開いてきた感じがする。

―― 教育はビジネスにつながらないということか?

西澤:
教育産業と呼ばれるまでに、塾、あるいは予備校が、まさに教育とビジネスを両立してきている。少なくとも我々の歴史を振り返ってみれば、過去20年間は両立できたといえる。
 でも、これからはどうかというと、少子化により受験の総体的な価値感が低下するのは間違いない。高校もほとんど全入になる。ただ、一部の難しい学校はそれなりに集中するだろう。しかし、「東大出が何?」という風潮になるのでは。
 そう考えると、従来の教育産業の考え方はかなり変わらざるを得ない。

―― 両立してきたものが崩れてくると…。

西澤:
そうです。そこで、教育産業として存続していくには何が必要なのかとなる。
 変革期は特にそうだと思うが、「時代をどう変えていくか」「どう変えられるのか」と見据えることが重要だろう。
 原点として「先生がいて、黒板があって、教室があって」という本来の考え方は大事にすべきだが、もしも、映像を含めたマルチメディア教育を考えるなら、今までの教育を否定するほどのインパクトと情熱で新しいものに取り組まねばならない。
 これからの教育産業界では情熱なり、情熱から導き出した方法論なりを持っているところが生き残っていく。すなわち、新たな教育を作り出すことができたところだけが、生き残っていけるのだと思う。

■20周年を迎えて改めて思うこと

―― 古いものを否定して、新しいものに取り組むにはエネルギーがいるのでは。

西澤:
言うほど新しいものができているわけではない。昨年で20周年を迎えたが、「どうしてもう少しやれなかったのか」と忸怩(じくじ)たる思いがある。
 4万人という生徒は、一見多いようだが、日本全体から見れば大した数ではない。私たちは、たかだかこの4万人の生徒を教育によって「変える」ことに大変苦労しているのだ。教育の難しさをつくづく実感する。
 しかし、今後の救いとして、マルチメディアに期待している。今までの教室を使ったものではなく、バーチャルを利用できないかと。仮想空間での教育が可能になれば、教室という『場』より比較的早く、なおかつ広範囲に私たちの教育を広げることができる。
 マルチメディアを利用した新しい教育からは、従来のものではない別の可能性が開けてくる。そこがまた面白い。

―― 異業種からの参入は考えられるか。

西澤:
その可能性のほうが大きい。同業だと、「教室で先生が教える」という旧来の発想から抜け出せないため。
 立命館大学のある教授が、「立命館のキャンパスをなくすというのが、私の目標です」と言われた。いわゆるバーチャル大学にすると。そういう発想の教育者と、技術のある業界の方が結び付くと、一気に実現化に向かうのでは。
 ただ、その時そこに教育的な情熱とか、ある種の倫理感が漂っているか否かが問題だ。

―― いろいろ語っていただいたが、最後に御社の展望と課題を。

西澤:
全体が絶えず勉強し続ける組織でないといけない。その一員であるそれぞれのメンバーが日夜勉強していかないと、教育産業を続けるべきではないと常々思っている。
 従来型の教育に焦点を合わせるならば、その成否の鍵は教室展開にある。教室の場合は、先生が最も重要な問題となる。先生、すなわち社員。
 教育事業における最大の問題は社員教育だ。社員教育がきちっとできているところは教室展開も容易になる。
 もう一つは、従来の塾としてやっていく中でも、新しい商品、または教育ソフトの開発が考えられる。今までは教科書と受験の二種類しかなかった。つまり、学校の補習か、受験用のプログラムだけ。
 私は、受験までの道のりを逆算したシステムではなく、新しい教育のシステムを考えよと現場に指示している。
 全社員の教育と教育ソフトの開発。これが教育分野における一番重要な課題であり、同時に成功へ向けての展望でもある。

■取材を終えて

 交流のあるヒロ・ヤマガタ氏の絵が社内の各部署に展示されている。
 「夢のあるタッチと、世界に通用するヤマガタ氏の生き方が好きだ」と西澤社長は語る。
 驚いたことに、「こどもたちにも夢のある絵を見てほしい」と、全国に展開する約半数の直営教室に絵が展示されている。ちなみに1億円を掛けて100枚を購入、それでも足りない教室には、代わりにポスターが貼られている。
 文化と芸術にも力を入れる西澤氏ならではの話だ。

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