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1989年(平成元年)7・8月号

心に残る夏休みを〜ふだんできないことを 思い切って求めよう〜

■ある夏の記憶

 もうすぐ夏休み。“思い出づくり”に絶好の機会がやってきます。私自身の子ども時代を振り返ってみると、夏休み自体は何回もあったような気がするのですが、大人になっても残っている思い出が意外と少ないのに驚かされます。
 「もっと思い出の残る夏休みにすればよかったなあ」―淡い後悔にも似た気持ちにとらわれてしまうのですが、そんな中で、小四の夏休みだけは今もはっきりと記憶に残っています。
 その夏、私は父と一緒に初めて映画を見にいきました。確か「魔境のターザン」という映画だったと思います。父と一緒に映画館に行ったのは、後にも先にも一回きり。
 しかし、その一回の経験で私は映画の面白さにとりつかれ、一時期は映画の道に進もうかと真剣に考えたほどです。
 今、映画は私の生涯の趣味となっていますが、それもあの小四の夏の記憶が心の奥底に残っているからでしょうか。あの時一回だけ、父はなぜ私を映画館に連れていったのか―何か不思議な気がします。
 小四の夏休みには、もう一つの思い出があります。それは千葉・房総の海で行われた臨海学校に参加したこと。臨海学校とは、夏休みに体を鍛え、学ぶため臨時に作られるもので、私はその夏、初めて参加したのです。父や母のおかげで、その夏一回だけ参加することができた私は、ふだんと違う雰囲気にとまどいながらも、楽しくて夜も眠れず皆と騒ぎました。
 今も一枚だけ残っている、古びた集合写真を見るたびに、あの臨海学校の思い出がよみがえり、何か懐かしく、なごやかな気持ちがわき起こってくるのを感じます。

■いい思い出を作ろう

 さまざまな経験も、とうとう流れる時間の河に飲み込まれ、その多くが記憶から消え去っていきます。しかし、その中でも記憶に残る経験―それには、きっと何か大きな意味があるはずです。
 そんな経験を振り返ってみることで、「それらの経験の連続の上に、今の自分がいるんだな」ということが分かり、明日に生きる勇気が生まれてくるのではないでしょうか。
 夏休みも目前。いい思い出をできるだけたくさん作ってほしいと思います。いい思い出は、自ら積極的に作っていくこともできるのですから、自由になる時間の多い夏休みは絶好の機会です。“一つだけ”でもいい、ふだんできないことを、思い切って求めてみませんか。
 家族旅行をする人は、一度も行ったことのない所へいくのもいいでしょう。ふだんお父さんと一緒に居る機会の少ない人は、お父さんと二人だけでどこかへ行ってみるのもいいでしょう。学年が上の人は、安全に注意して、一人で田舎のおばあちゃんの所へ行くのもいいと思います。合宿で、いろいろな地域から来た人と寝食を共にするのも、きっと心に残るでしょう。夏こそ、ふだん行きたかった所へ行くことができる機会です。
 私は今、自分自身を振り返り、「もっとキチリと思い出に残るように夏休みを過ごせばよかったな」と思います。大人になって振り返ることのできる思い出がたくさん残るように、この夏休みを考えてみませんか。

■自分を見直そう

 夏休みには、ふだんの勉強やテストの点数の面からも、自分を見詰めてみましょう。
 君たちが生きていく二十一世紀へ向かって、今、世の中は激しく変化しています。必ずしも安閑とした、楽な世の中とは言えないでしょう。
 そんな時代の中で、そして、二十一世紀の世界で生きていく君たちにとって必要なものは何でしょうか―私は次の三点が大切だと思います。
 ①何でも、おいしく食べられる 
 ②どんな場所へいっても平気
 ③どんな人とも友達になれる。
これらの点から自分自身を見詰めてみて、何か欠けているものはないでしょうか。この三点が習慣になっていれば、その人は“人間的な基礎体力”“人間力”がついていると言うことができると思います。「知識」や「能力」だけではなく、その底に流れるべき“力”にも目を向けてみましょう。
 仲間や先生の中で、自分を生き生きと発揮させるために、先に述べた三つの点が大切ですし、君たちが大人になる二十一世紀の社会では、きっと「人間的な基礎力」が一層重要になってくることでしょう。

■この夏、たくましく

 これから二十一世紀へ向けて、世界のいろいろな地域との交流が、一層深まっていくでしょう。世界はますます狭くなっていくのです。
 そんな時代の変化の中で生きていくとき、引っ込み思案では困ります。どこの土地へでも平気で行ける、どんな食べ物でも食べられる、さまざまな人と接点を持つことができる―これらの能力は「たくましさ」「柔軟性」「環境適応力」ということができると思います。そして、これからの時代に生きる人に、ますます必要とされるのが、これらの能力であり、まとめていえば、「人間的な基礎力」となるのです。
 夏休みは「人間的な基礎力」の面から自分を見直し、弱い所があれば集中的に鍛えてほしいと思います。勉強と同じで、弱点は集中的に鍛えなければなりません。
 まず身近な所から自分を見直してみましょう。自然の中で、思いっきり跳びはねられるか、トンボやチョウを手に持てるか、みんなで行動するときにワガママが出ないか、両親から離れた時すぐにホームシックにならないか…。
 私たちは“生き物としての人間”の面も持っています。夏休みには、与えられた限られた世界だけではなく、「他の土地へ行き・何でも食べ・他の人に会う」―そんな場を経験し、生き物としての野性味とタフさも身につけてほしいと思います。

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