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1980年(昭和55年)

小・中学生の「作文」と「読書」について

 今日は皆さんに「作文と読書」についてお話したいと思います。ここ数年、「うちの子は作文ぎらいで困る」「どうも本を読まなくて・・・」というお母さん方からの声が、とても多くなりました。

■作文は感動することから始まる

 子どもが作文を書くのがいやだという場合、それはまず「何を書いていいのかわからない」次に「どう書いていいのかわからない」ということが原因になっているように思います。「何か自由な題で作文を書いてごらん」というと、ほとんどの子どもが四苦八苦するわけです。ところが、例えば<遠足>という題を与えて「どこへ行ったの?何が1番楽しかった?それはどうして楽しかったのかな?」というように、順に聞いていくと、やっと少しずつ書き出して、筆が進むようになるんですね。
 何かを表現するには、ものごとに感じたり、感動したりする<心>が大切なわけですが、案外子どもたちは、そうした<心>がふだん働いていることを思い出せないのです。それで何を書いていいのかわからないのですね。
 日常生活の様々な面で、感動したり、感じたりするものは、たくさんあるはずなのに、作文ぎらいの子どもたちというのは、そうした体験を、心の中に再現してみるということが苦手なのです。大切なことは、まず日々の生活の中での小さなことにも、ちょっと立ち止まって、意識を向けてみる、という生活態度ですね。「きれいなものはないかな」という意識でまわりを見まわしてみる。今聞こえてくる音は、一体何と何の音かなと思って耳をすませてみる。そんな心のゆとりがほしいと思います。
 そういう意味で、毎日の生活の中の<ものごと>について、家族の間での、ちょっとした対話が重要な役割をもつんじゃないでしょうか。「今日は、こんなうれしいことがあったのよ」「ほら見てごらん。このりんごの色はとてもきれいよ。」などと、何でもいいから、ほんの小さなことでも<心>に触れたものについて、ことばにして語ってみる。お父さん、お母さんが、そうした<感動>を語ってやることによって、子どもも一緒に、その<感動>を体験し、やがて<感動する心>そのものを獲得していくように思えるのです。特に、お父さん、お母さんの子どもの頃の社会の様子や、若い時の失敗談、苦労話など“お父さんの話”“お母さんの話”をもっともっと聞かせてあげてほしいと思います。
 私なども、小さい頃、よく父親から戦争時代のことについて、何度も話を聞かされました。いささかうんざりもしましたが、よく考えてみると、おやじにとって、そのことは、やっぱり1番強烈な印象だったんですね。だから、おやじの話を通して、私も戦争を<追体験>し、少しはものの見方が深まったんじゃないかと思っているのです。

■「書き慣れノート」方式とは

 話をもとにもどすと、どうしたら作文が上手になるかということですが、私どもでやっている〈話し方・作文教室〉で、具体的にやっている方法についてお話ししましょう。
 作文教室では「作文の書き慣れノート」というのを作っていて、例えば〈遠足〉について思いつくもの、感じたままを、とにかく、箇条書きにどんどん書き出していくのです。心に浮んだことを、書きつくした後で、今度はそれらを、どういう順序でつなぎ合わせていくか、どこにポイントをおくか、ノートを見ながら、まとめてみます。その上で、原稿用紙に書いていくのです。この方法は非常に効果が上がっているようです。
 書きたいことは、あるのだけれど、いったいどこから、どう書いていいのかわからない場合、思いつくものを、いったん書き出してみる。次に、全体の流れ、順序を考えていくようにすると、頭もだんだん整理されてきます。
 次に、技術的なことになりますが、喜怒哀楽を表すことば、楽しかった、うれしかったといったことばですね、それが「××してうれしかった」「○○はおもしろかった」それだけで終わってしまうケースが多いのです。これだど、文章がそれ以上ふくらんでいかないんですね。そして、個性のない文になってしまうわけです。そのことばを、別の表現で表してみる。あるいは、そのことばの内容をもっと詳しく誰かに伝えるつもりで書いてみる。〈たとえ〉を使って表現してみる。まるで××のように、○○のような…といった具合ですね。そうすることによって、ぐっと文章の幅が広くなりますよ。

■参考になる優秀作文

 さらに作文上達のひけつとして忘れてならないのは、じょうずな人の作文に触れる機会を多くするということです。各種団体が、作文コンクールを主催していますから、その優秀作品集などを、読んでみるといいでしょう。
 例えば「お母さん」という題の優秀作文を読んだ場合、自分が日常お母さんについて考えたり、感じたりしていること以上の、もっと深く幅広いものが、表現されている場合があります。そんな時、その作文を読むことによって、自分のお母さんへの見方が変わってくるんです。新たな発見をするようになると思います。
 じょうずな人の作文には、何か学ぶところがあるでしょう。それらをどんどん参考にしていけばよいと思います。
 もう一つ、作文が上達するのに、大切なことは、作文に限らず何にでも言えることですが、まず慣れるということですね。つまり書き慣れるということです。
 作文教室でも、とにかく書くのがきらいな子が、週1回ずつの訓練でみるみる変わっていきます。1時間かかって、3、4行しか書けなかった子どもでも、原稿用紙に2枚3枚と書けるようになっていきます。作文ぎらいは〈書かずぎらい〉ということなんですね。「書き慣れノート」をうまく使って、とにかく思ったことを素直に書いていくことを大切にしています。
 ところで、作文教室で指導するにあたって、問題だなと感じることがあります。それは「書く」という以前に、その前段階である「読み」が不十分な子が多いということです。
 本を読ませると、よく途中でつっかえる子、3、4年生になっても、たどたどしく1字ずつたどり読みをするような子がいます。この事実は、案外、お父さん、お母さん方は気づいていらっしゃらないのではないでしょうか。
 まず「読み」の訓練、特に「表現読み」、せりふのように感情を込めて読む練習を、教科書などを使って、どんどんやっていただきたいと思います。

■自主的に読み始めた生徒たち

 「読む」ということになりますと、最近の子どもたちは、本を読まなくなったといわれますが、これは能開の会員諸君を見ていてもわかりますね。特に、学年が上がるに従って読書量は、だんだん減っていくようです。
 それじゃ、本を読ませるにはどうしたらいいのですか、とよく聞かれますが、これはなかなか難しい問題です。
 私としては、まず環境をととのえてやることではないかと思います。子どもに本を読ませる第一歩は“本のある環境”をつくることだと思うんです。あたりまえのことのようですが、大事なことだと思いますよ。
 1つ良い例をお話しますと、例の作文教室で、江坂会場のことですが、その教室にはたまたま本棚に文庫本がたくさん並べてありました。通ってくる子どもたちは、どちらかというと読んだり書いたりがあまり好きではない、中にはお母さんにいわれて、いやいやという子もいるわけです。それが、何回か授業をやっていくうちに、早く来た子がなんとなく本棚から本をひきぬいて、読み始めるようになったんです。それが、いつしかみんなに伝わって、そのうちには30分から1時間も早く来て、思い思いに読みたい本を読んでいるんです。
 読書するようになったきっかけ、というのは案外こんなもんじゃないでしょうか。
 いろんな本が置いてある環境のもとでは、子どもたちは次第に本に関心を示すようになり、他の子が読んでいると自分も読んでみようかな、という気になるものです。そして子ども同士で本の内容に関する対話が始まり、それが一層興味をひきたてることにつながっていくのでしょう。
 子どもが本に触れる可能性の多い環境をつくってやること、“本のある環境”ということになると、お父さん、お母さんが本を読んでいるかどうか、とうことが問われてくるわけです。本はほとんど置いていないし、1日中テレビはつけっぱなし、というのでは「うちの子は本を読まなくて困るんです。なんとかしてください」といわれても仕方がないですね。

■読む楽しみ教える読書計画を

 そういう意味で、お父さん、お母さんも含めて、家族みんなで「わが家の読書計画」みたいなものを立てられたらいいと思います。
 その際、注意することは、子どもの現状をよくみて、決して無理に本を読ませようと押し付けたりしないこと。少しずつでいいですから、計画的に継続していくことですね。また、本を選ぶ際に、学年や年齢の枠にしばられない本を選ぶのもひとつの方法です。いわば本の“無学年制”ですね。
 本を選ぶ方法としては、新聞の家庭婦人欄などで、定期的に子どものための新刊書の案内が載ります。その案内欄を切り取ってファイルしておいて、その中から適当なものを選んで買ったりするとよいでしょう。
 また、最近では、手頃なものとして、小・中学生むきの文庫本も各出版社から、たくさん出ています。例えば、偕成社文庫、ポプラ社文庫、フォア文庫(金の星社)、講談社の青い鳥文庫、岩波では幼年文庫、少年文庫などがあります。値段も400円程度で手ごろですし、種類も多く、有名な文学作品もあります。そして、できれば、それらの中で、いわゆる〈古典もの〉と〈新作もの〉をうまくミックスして、読ませていくといいと思います。
 その際、勉強の為、という読み方ではく、あくまでも楽しみのために読むということが大切です。
 そしてぜひお父さん、お母さん方も同じ本を読んで感想などを語りあってみられたらどうでしょう。親自らが楽しんで本を読むという態度を示し、読書は楽しいものだということを教えてあげてほしいと思います。
 「作文」も「読書」も、子どもの創造力をのばす上で、大切なものです。私の話が、ご家庭での指導に少しでも役立てば幸いです。

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